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2006年8月

2006年8月23日 (水)

砂浜物語④~大脱出~ byアンデルヘン

浜の向こうに大きな海亀の姿が見えます。

産卵でしょうか?

どうやら違うようです。
残念ながら死んでしまった海亀のようです。

海亀の寿命は人間と同じ位らしいですが、
寿命を待たずに
息途絶えてしまうことも珍しくありません。

まず、孵化して海まで歩く間に鳥などに食べられたり、
海の中ではサメに食べられたりして、
大きくなるのはごく僅か。

さらに
海に浮いたビニールなどのゴミを食べてしまい
消化できずに
死んでしまうこともあるようです。

Rimg0087 季節は夏の終わりになりました。
海亀の産卵シーズンは過ぎ、
子ガメの孵化が始まりました。

産卵後、約2ヵ月で卵が孵ります。

でも、孵化しない卵もあり、
孵化したとしてもそこは砂の中。
砂の上に出れずに
死んでしまうこともあります。

カァートルは
砂の温度が低くなった夜に
砂から脱出を試みました。

なぜ夜に?

昼間だとせっかく地上に出ても
天敵が多いからです。

カァートルは小さな前足で
必死に砂を掻き分けました。

急に抵抗がなくなり、光を感じました。
明るいほうへ全力で歩きます。
すぐ近くでカラスが仲間を連れ去りました。

あともう少しで海だよ、カァートル。
がんばれ、がんばれ!

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砂浜物語③~大航海~ byアンデルヘン

むかーしむかし、
子ガメのカァートルは海に出て、危機を乗り越えました。

一安心したカァートルはお腹が空いてきましたが、
ここは大海原の上。
手軽に食べられる貝などはありません。
仕方ないので
漂流している魚の死骸とか
クラゲを食べて過ごしました。

そうしてどの位の日が過ぎたでしょう。

手のひらに乗る大きさしかなく
軟らかかった甲羅も大きく堅くなった頃、
日本の南の島を出発したカァートルがいる場所は
どこだと思います?

日本?Rimg0103_1 いいえ。

なんと、
海流に乗って
アメリカのまでやってきたのです。
でも、まだ航海は路半ばなんですよ。

太平洋の海流は日本の沖縄あたりから
四国沖、千葉、東北、北海道、ロシア、
アラスカ、カナダ、アメリカ、メキシコへと
一筆書きのようにつながっています。

この先は?

ハワイや赤道近くです。
そして、東南アジアを経由し、
また日本へと戻ってきます。

と、いうことは?

そうです。この海流に乗って海亀は成長し、
生まれて何年か何十年か後に
日本の南の島に再び帰ってくるのです!!

うさぎもびっくりの大航海ですよね。

再び帰ってきたアカウミガメたちは、
春から夏にかけて砂浜に卵100個位の産卵を、
20日おき位に数回繰り返すのです。

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砂浜物語②~船出~ byアンデルヘン

むかーしむかし、
子ガメが一匹、砂浜を越えて海まで辿り着きました。

アカウミガメの子・カァートルは、
歩かなくてよくなったので一瞬ホッとしましたが、
水の中では息ができないことに気付き
すぐに慌てました。

もがいているうちに頭が水面より上になったので、
こうすれば息が吸えるんだと
わかりました。

泳ごうと試みましたが、思ったように進みません。

そのかわり、
カラダが勝手に移動しているのを感じます。
そう、海流で流されているのです。

カァートルはどうしようもなく、
ただ流れに身を任せるしかありません。

この先どうなるのやら・・

Rimg0160_1 夜が明けて朝になりました。

カァートルのまわりに
小魚の大群がやってきました。
と同時に何かの鳴き声がし始めました。

バシャ!ジュボッ!

カァートルの近くで
何かが水中に飛び込んでは
飛び出していきます。

そう小魚を狙う鳥の大群です。

「自分も食べられてしまう!」

カァートルは必死にもぐりました。
小魚の群れがすごい勢いで散ったかと思ったら、
次の瞬間、
今度はサメが歯をむきだしてやってきました!

カァートルは驚いて水面まで逆戻り。

絶体絶命!?

しかし、幸いに鳥山はすでに移動して、
サメも小魚を追ってどこかへ消えていました。

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砂浜物語①~無数の足跡~ byアンデルヘン

夫が旅の思い出に童話を書いたので公開したいと思います。
屋久島は、彼にとってもお気に入りの場所になったようです。

ちなみに、「アンデルヘン」がペンネーム。
有名な童話作家とは一切関係ありませんので、ご注意を・・・(^_^;)

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むかーしむかし、
ある島に美しい砂浜がありました。

浜を歩くと、
やがて交互に丸い足跡らしきものがありました。

たどってゆくと
波打ち際から離れた砂浜に、
こどもが寝転んだぐらいの大きさで
深さ15センチ程度の窪みがたくさんあります。

Rimg0088_1 何でしょう?

誰かが落し穴にハマったのでしょうか?

いいえ、
足跡の正体は海亀で、
窪みは海亀が産卵した跡なのです。

砂浜は500メートルくらい続いていますが、
窪みも足の踏み場もないほどあちこちにあり、
ずっと続いています。

窪みをよく見ると
小さな小さな足跡がたくさん
放射線状に延びています。

これは?

そう、子ガメが出てきた足跡です。

足跡たちは窪みの山を乗り越えると、
一目散に海へ向かっています。

海亀たちはどんな一生を送るのでしょうね?
少しばかり覗いてみましょうか。

ちょうど日が暮れて暗闇になりました。
月の光を海面が反射して明るく見えます。
子ガメは明るい方に進んでくるようですよ。

ほら、また1匹子ガメがやってきました。

必死に歩いているので、
ウサギが歩くくらいのスピードがあります。
波打ち際までやってきて、
打ち寄せる波が消えたとき、子ガメの姿もなくなりました。

さあ、大航海の始まりです!

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2006年8月13日 (日)

日本西遊記-ソーキチ、ただいま!

家のドアを開ける前に、少し計画を練りました。

ソーキチがシャーっと怒って出迎えるのは、大きな荷物を抱えているからじゃなかろうか。それならば今回は、荷物を置いて入ってみよう。

玄関の外に荷物を置いて、まず私がドアを開けました。中扉の奥から、ソーキチの泣き声が聞えてきます。

「ただいま~!」努めて明るい声で言いながら扉を開けました。

・・・・・が。

シャーッツ!!!

やはり怒られてしまいました・・・・。

でも、すぐに相手が私だと認識したようで、怒り声は甘え声に変わってゆきました。

留守番中のソーキチの姿を、シッターさんが写メールしてくれました。

060808_1200001 「化け猫ソーキチ」と呼んでいる写真です。食欲旺盛です。
 旅の途中で何度もこの写真を開いて、夫と二人でこの顔に大笑いしました。

 060810_1320001

 シッターさんの足に絡み付いています。

 060811_15250011

シッターさんにほおずり・・・飼い主としてはフクザツな心境(^_^;)。

早朝に家に着き、荷解きをしている間に、シッターさんが鍵を返しに訪ねてくれました。ソーキチは少し混乱して、誰に甘えたらいいのかわからなくなってしまって、私にもシッターさんにもシャーっと攻撃をしてきます。

シッターさんの話しによると、ソーキチは比較的お留守番上手だとか。飼い主が長期間留守すると、ご飯を食べなくなったり部屋を荒らしまくる猫ちゃんも中にはいるようです。

お父さんとお母さんが日常的に外出することが多いので、留守番に慣れているのでしょうね、とシッターさん。これなら海外に出かけられても大丈夫ですよとお墨つきをいただきました。

来年も安心して旅に出られそうです。いやその前に・・・来年もまた夏休みが取れますようにっ!!

長いようで短い旅はあっという間。色々あったけど、ちょっぴり泣いたりもしたけれど、怒ったりもしたけれど、やっぱり旅はいいなあ♪。

予想以上に長くなってしまった旅行記にお付き合いいただき、みなさんありがとうございました( ^)o(^ )。

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日本西遊記-帰宅の途

大阪駅前でラーメンで食事とし、たこ焼きをテイクアウトして、とうとう家路へ向かって出発です。

私にとって、この旅の最後の初体験。それは、寝台車で一夜を過ごすことでした。

Rimg0175 寝台急行「銀河」。
 西村京太郎サスペンスの世界のよう。

 中の様子は、こちらのサイトをリンクさせていただきました。
 多少の違いはありますが、こんな感じです。

 想像以上に狭く、大きなバックパックを抱えて、何をどうしたらいいのか、かなり戸惑いました。

夫が上段のベッドを使い、下のベッドの端に荷物を置くことにしました。私は背が低いので、荷物を置いても何とか足を伸ばすことができます。

洗面所を探検しました。冷水機が使用禁止になっています。乗車前、追加の飲みものを買うべきかどうか迷いました。幼い頃に寝台車を経験済みの夫曰く、冷水機があるから大丈夫ではないか、とのことだったのですが・・・。

きっぷ拝見のとき、車掌さんに聞いてみたら、自販機は一切ナシ。設備は必要最低限のものしか置いてないそうです。しかも、次の長時間停車駅は名古屋。夜中になってしまいます。

ショック。手元の飲み物で何とかしのがなければ。たこ焼きをほおばりながら、貴重なお茶をゆっくり味わっていただきました。

この揺れのなかで眠れるだろうか。でも、ほどよい揺れがまるでゆりかごのように、あっという間に眠りにつくことができました。そういえば、以前にフェリーで一夜を過ごしたときも、夫の心配をよそに、酔うこともなく眠れました。そこそっこは意外と乗りものが好きなのかもしれません。

それにしても相変らず我が亭主殿は、どこへ行ってもグッスリです(笑)。このタフさ、少し分けてほしい。

しらじらと夜が明けた頃、自然と目が覚めました。もうすぐ横浜です。横浜から在来線を乗り継いで、ソーキチの待つ家に帰るのです。 

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2006年8月12日 (土)

日本西遊記-きのくにシーサイド号で大阪へ

百聞は一見にしかず。まずは車内の様子をご覧ください。

Rimg0174_1 これ、快速なんですよ、快速
 060812_15360001_1

060812_15350001_1 全席指定なので、

 指定券510円を払うだけ。18きっぷで乗れちゃうんです!

 すごくゆったり。豪華。うそみたい~っ!

これだけで驚いてちゃいけません。なんと・・・

060812_161400011_3 展望室まであるんですっ!

 Rimg0172_3

 乗客は窓の外に流れる景色に夢中(^o^)。

 Rimg01731

 トンネルに入ると展望台はこんな感じになります。奥には売店が。ビールやおつまみ、お弁当が売ってました。車内販売は回りません。みんなここで購入します。

この快速列車の旅には、さらにもうひとつのサプライがありました。

白浜までの各駅停車の中で、向かいに座っていた(横になっていた)若者が、なんとこの列車でも向かいの席に座っていたのです!! こんな偶然ってあるんですね。さすがに声をかけました。「さっき電車で一緒でしたよね?」と。

それから話しがはずみました。三重出身の彼は列車の旅が大好き。愛読書は鉄道ジャーナル(?)のようです。今日も日帰りで三重からの列車の旅を楽しんでいるとか。

大阪の天王寺に向かう快速列車の旅はおよそ5時間。でも、展望室と彼のおかげでこの5時間があっという間でした。これまでの旅の写真を見せ合ったり、お互いのことを話したり。メールアドレスも交換しました。

今回の旅はこんな出会いがたくさん。屋久島の大学生とも帰宅後に連絡をとりました。旅での出会いって、格別な思いがあります。

夜の8時。天王寺駅に到着しました。このまま三重へ帰る彼と別れを告げて、私たちは大阪駅へ向かいます。いよいよ帰宅の途です。

初めて見るもの、感じるもの、体験するものがたくさんあった旅でした。

でも、私の「初体験」は、これで終わりではありません。最後のひとつがまだ残っているのです。

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日本西遊記-白浜

白浜までの各駅停車は2両編成。ワンマン運転・ほとんどが無人駅なので、運転席のすぐ後ろに料金箱があり、降車は1両目のみで行なわれます。

060812_13230001 そんなわけで、乗客は1両目に集中、2両目はガラ空き。ビールでほろ酔い加減の亭主は、シートを占領して爆睡です。

 しかし周りを見渡すと、みんな同じように爆睡中です。目の前のシートでも、JR時刻表の大型版を手にした若者がシートに横になっています。18きっぷの旅を楽しんでいる人、けっこう多いのですね。のどかです。

 白浜に到着。午後の2時。とにかく暑い。この日の気温36度。ひと風呂浴びたい。

駅に併設されている観光センターで温泉の情報を仕入れたのですが、駅の近くに温泉がなく、バスで15分ほどかかるそうです。

次の列車の接続まで1時間ちょっとしかありません。しかもバスの本数も少ない。これでは温泉はムリだなと思いました。しかし夫は粘ります。別の観光案内所で、バスで5分のところに温泉を見つけてきました。

しかし私は渋い顔。だって、バスの発車から次の接続まで1時間しかないんです。行って温泉に入って戻って荷物を引き取って電車に乗り込むなんて、絶対ムリだと思ったから。しかし夫は強行する様子で、バスに乗り込みます。以下、夫婦の会話。

妻: 「1時間もないんだよ。無理だよ」。
夫: 「大丈夫だよ、間に合うよ」。
妻: 「あなたは大丈夫かもしれない。でも私はムリ。男と女とではお風呂の長さが違うんだよ」。
夫: 「そんなに変わらないよ」
妻: 「変わるよ。少なくとも私は1時間で帰れる自信がない。次の列車に間に合わなかったらどうするのっ!?」

そうなんです・・・私たちはいつもこんなことでケンカをするのです。
読者の皆さん、夫のほうが計画をきっちり立てて慎重に行動し、私のほうがケセラセラでおおらかな性格に思われるでしょうが、実は正反対なのです。

私は常に計画を立てて時間に余裕をもって行動したい。でも夫は時間の逆算が苦手で、ギリギリになって動くほうなのです。旅にしても、彼は本当は行き当たりばったりが好きなんです。もし休暇が1ヶ月以上だったら、嬉々として計画ナシの旅に出発するに違いありません。

Rimg0167 けっきょく温泉は中止。駅前のお土産屋さんをブラブラして、キンカンジュースと夏みかんミックスジュースを飲みました。白浜=和歌山の名産です。1時間はあっという間でした。

実は、どうしても次の列車に乗り遅れたくない理由があったのです。次の列車は臨時快速きのくにシーサイド号。この列車は特別なのです。次の記事をお楽しみあれっ!!

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日本西遊記-熊野

Rimg0160 そこそっこがぐっすり夢の中の夜明け、夫は密かに宿を抜け出して朝日の写真を撮りに行ってました。

今日は、この旅最後の世界遺産、熊野を見学です。

Rimg0161 熊野那智大社から見た那智大滝です。ずいぶん高いトコロから落ちてますね。この高さから滝を浴びたら相当痛いでしょう(いや死ぬかもしれないです)。

 熊野大社は不思議なところ。神仏融合により、神社とお寺が並んでいるんです。神社を参拝したあと、お寺で手を合わせました。

Rimg0164 Rimg0165

Rimg0166

熊野古道です。足が痛くなければ歩いたのに・・・。

 パンフレットなどの写真では、この風景に霧がかかっていて、何とも幻想的。早朝だったらそんな姿が見れたかもしれません。

ところで、熊野古道ってなに? という方のために、夫が作った旅のしおりから解説を抜粋。

「熊野には、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山と呼ばれる熊野詣の巡礼目的地があり、その参詣道を「熊野古道」というらしい。
道は大きく紀伊半島の東海岸沿いから大社まで、西海岸沿いから大社まで、真ん中を南北に高野山から大社まで3つあり、さらに枝分かれしてそれぞれが長い。
実は世界遺産に登録されたのはその中でメインルートとして使われていた「中辺路」の一部だけ。中辺路は長く体力もいる。しかし、世界遺産に登録された部分だけが熊野じゃなかろうと考えるので、かなり短くて趣のある路を選んでみた。
熊野川の上流にある熊野本宮大社もさびれた威厳のある風貌をしているから捨てがたいものがある。」

しっかり歩けば、こんな風景も見れたのかもしれません。

昼前にレンタカーを返却して、18きっぷで白浜に向いました。

060812_12110002 電車の中で食べました。クジラ丼です。
 昔、給食に出てきたクジラとは大違い。食べやすいです。

 060812_12110001

 めはり寿司の入った幕の内弁当です。めはり寿司とは、高菜の葉を塩漬けにして酢飯にくるんだもの。さっぱりしてておいしいです。

白浜では温泉に入る予定です。しかしこの温泉を巡って、旅の最後の最後に、現地で夫婦喧嘩が勃発しました。その内容は次の記事で。

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2006年8月11日 (金)

日本西遊記-熊野・那智

紀伊山地を越えます。ルートは、

R169(池原湖)→R309(東熊野街道、大又川)→R42熊野灘(鬼ガ城、七里御浜、熊野川、那智浜)。

とにかく走る走る。信号がないからスイスイ・・・のはずなのですが、道がくねくね。車に弱い人はすぐ酔っちゃうだろうなあ。

地元ナンバーの車は、カーブだろうがなんだろうが速い速い。ゆっくり運転の我が車をどんどん追い越していきます。関西の人は何事も速いのが好きなのかしら。

池原湖は大きなダム湖。どこまで行っても湖が続きます。ボートで釣りに興じる人の姿も。深そうです。落ちたら怖い。

途中で何度も眠りそうになりました。でも、運転している彼のほうがツライはず。歌を歌ったり(?)、何かしら会話を見つけ出しながら乗り切りました。

3時間くらい走ったでしょうか。鬼ヶ城に着きました。予定より早い到着です。

Rimg0159 波が激しいです。うすら寂しい感じ。夕方だから余計にそう感じるのかもしれません。でもこの風景、なんとなく見覚えがありますが・・・。

あ、わかったっ<^!^>。
2時間ドラマのエンディングと船越英一郎だ。最後に犯人が崖の上で罪を告白して自殺を図ろうとして、それを闇の帝王が止めるってシーンに風景が似てるんだ~。あーすっきり。

清流・大又川でシュノーケルも計画に入っていたのですが、もう夕暮れでムリそうです。

今日の宿泊は・・・未定!! 宿を求めて那智勝浦に向かいます。
計画ではキャンプ場泊か車中泊。ところが今日はとにかく暑い。屋久島ならともかく、この熱帯夜のなかでキャンプや車中泊はかなり辛そうです。旅も終わりに近づき、懐が寂しくなってきていたので、我慢するしかないなと、覚悟を決めました。
薄暗くなった頃、キャンプ場へ到着しました。しかし建物もサイトも明かりがまったくついていません。どうやら休業の模様。幸か不幸か(笑)。

街中を走りまわって、車中泊ができそうな駐車場にめぼしをつけたあと、何はともあれ腹ごしらえをすることに。市街にある竹原へ行きました。お目当てはマグロの内臓(ゲッ!)、うつぼ料理です、へへへっ・・・。

マグロの心臓にトライしました。普通のレバーですね、レバー。レバーが苦手なそこそっこ、亭主にほとんど差し上げてしまいました。うつぼはから揚げでいただきました。干物みたいな感じ。これはけっこう好きかも。酒のつまみにちょうどいい感じです(のんべえがばれてしまいます)。
マグロ定食はおいしかったですよ! ホームページの写真にもありますが、とっても厚いの。お腹いっぱいいただきました。久しぶりのおみそ汁も五臓六腑に染み渡りました。
伊勢海老のおつくり6,000円なり。さすがに手が出せません・・・(>_<)。

食事を済ませてお風呂へ。けっこう遅い時間になってしまったので、開いているお風呂はさくら湯しかありませんでした。しかしラッキーなことに、ここは素泊まり民宿でもあったのです。幸い部屋も空いていましたので、借りてしまいました~!!

今日の宿も無事確保。夜はクーラーのきいた部屋でのんびりテレビを観て過ごしました。

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日本西遊記-明日香村

京都から奈良へ移動です。近鉄線で乗り換えなし。・・・のはずだったのですが。

間違えてJRに乗ってしまいましたーヽ(^o^)丿、ワハハ。

乗換えがあって少し遠回りになってしまいましたが、18きっぷのおかげで安く上がりました。これもラッキー???

大和八木駅でレンタカーを借り、明日香村へ向かいます。明日香といえば遺跡です、古墳です。古いもの大好き♪。

Rimg01551 石舞台古墳です。一説では、蘇我入鹿のお墓だと言われています。

 Rimg0156

古墳のなかも入れます。
 この中にお墓があったのね。。。。

Rimg0158

 

 古墳の中から見た様子。

大和和紀の名作、「天の果て地の限り」を思い出します。
ときは大化の改新。中大兄皇子と大海人皇子の兄弟(後の天智天皇と天武天皇)は、歌人であり巫女である美しい額田女王を巡って愛の火花を散らします。

はるか昔、この地で統治者の愛のバトルが繰り広げられていたのですね。想像すると、とてもロマンチックな気分になります♪。

高松塚古墳の壁画館も行って来ました。ホンモノの代わりに模写をみることができます。撮影禁止なので、ホームページでお楽しみください。

中国の四神思想に基づき、壁画が棺の四方に張りめぐらされています。四神とは方位を守る神様で、東が青龍、南が朱雀、西が白虎北が玄武。朱雀以外のそれぞれの神の姿が壁画に描かれています。芸術度、高いです。
(朱雀はどこへ行ったんだろう???)

新聞記事で知ったのですが、本物の壁画は傷みがひどくて困っているようです。保存も大変ですよね・・・。

キトラ古墳も見てみたかったのですが、けっこう歩くのでストップがかかりました。それに時間切れです。いつかまたゆっくり訪ねてみたいと思わせてくれる村でした。

明日香村を出た後、車は熊野街道をひた走ります。

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2006年8月10日 (木)

日本西遊記-京都の夜

広島の駅ビルでお好み焼きを食べました。広島といえばモダン焼き。モダン焼きが大好きなそこそっこは、絶対食べるんだと大騒ぎ。ひとり暮らしのときは、ぼてじゅうのモダン焼きをよく食べました。

午後から京都へ向かいます。もっとも、京都は夕食を食べて泊まるだけ。回りたい観光地はたくさんあるのですが、逆にありすぎるのでまた次の機会に・・・。

各駅停車で5時間もかかって京都駅に到着しました。みなさん、歩くスピードが早いですね~。長野から東京に出てきたときも都会の人は歩くスピードが早いと思ったものですが、京都はそれ以上です、ハイ。

外国人ゲストハウスに泊まってみました。ロビーは外国人ばっかり。異国に来たみたいです。
部屋の様子を撮ったのですが、荷物が乱雑になってます・・・恥ずかしいので非公開にしました。2段ベッドの個室に泊まりました。

夕食は鴨川の納涼床で。のうりょうゆか、と読みます。鴨川沿いに小さなお店や旅館がたくさんあり、夏になると鴨川側のデッキで食事ができるのです。

Rimg0150
 水辺は涼しいです。

 納涼床のお店は全般的に高いのですが、その中で普通の居酒屋を見つけました。京都の薄味が夫の口に合うようです。

 鴨川にカップルがチラホラ。京都で暮らしたことのあるお友達によると、鴨川はカップルのメッカだとか。岸辺で二人並んで座ることがカップルの「証拠」なのだそうです。ふふふ・・・(*^。^*)。

京都の裏道にはお茶屋さんがたくさんありました。想像より建物が小さくて普通の古い家みたい。お茶屋さんで楽しみむには紹介が必要ですが、最近は「一見さん」でもOKなところが増えているようです。

英語の勉強をしている私のために、夫が外国人ゲストハウスを選んでくれたのですが、今日はもうクタクタ。明日も朝が早いので、英会話の実践をすることなく、早々にベッドに潜り込みました。残念っ!

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日本西遊記-原爆ドームと資料館

宮島の次は原爆ドームです。そこそっこは原爆ドームを見たことがありません(夫は修学旅行で見たそうですが)。ドームも資料館も、日本人であれば一度は見ておかなければと、前々から感じていました。

Rimg0147 外から中の様子が垣間見れます。戦後修築を加えたとはいえ、生々しいものがあります。当時はもっとひどい状態だったのでしょう・・・。

Rimg0149
 慰霊碑です。今でも献花が耐えません。
 私たちも手を合わせました。

 資料館は撮影が禁止です。リンク先を参照してください。

 今日のそこそっこは今ひとつ体調が良くありません。旅が中盤にさしかかり、少し疲れが出てきたようです。この体調で資料館を回るのは重い・・・。

原子爆弾投下の候補地は他にもありました。爆弾の威力を見るための実験投下ですから、直径3マイル(約4.8km)以上の市街地を持つ都市の中から選ぶ必要があり、候補地は他にもありました(なんと京都・横浜も候補地に入っていたのです!)。
最終的に広島に決まったのは、連合軍の捕虜収容所がない唯一の都市だったから・・・。

資料説明を読みながら、背筋に寒気を覚えました。限りなく冷静に進められるマンハッタン計画に・・・・・・。

被爆後の広島は死の町と化し、何とか生き残った人たちには原爆症の恐怖が続きます。

この記事の投稿日は旅の日程に合わせておりますが、実際に書いている今日は8月15日、終戦記念日です。ついさきほど、「徹子の部屋」に野球解説者の張本氏が出演していました。張本氏は広島原爆の被爆者なのだそうです。アメリカを憎んだと言っていました。
プロ野球選手になって、アメリカ人選手が同僚になりました。彼らに広島の思いをぶつけました。しかし彼らにも真珠湾奇襲の言い分がありました。

先日、「火垂の墓」というドラマをテレビで観ました。優しさかったおばさんが、戦争の苦しみの中で冷たい人に変わっていきました。「これが戦争なのよ」という彼女の言葉が胸に突き刺さります。

戦争反対派のそこそっこなのですが、昨今の北朝鮮の脅威を見るに、やはり日本も軍隊や核の保有が必要なのかなと考えたりしていました・・・・・でも広島を訪れて思いました。やはり戦争はいけない。軍隊や核保有が抑止力になるとはいえ、「抑止」のままでいられる自制力を人間が本当に持ち合わせているのか、はなはだ疑問に感じてしまいました。

ああ、やっぱり重くなってしまいました。今日はなんかとっても疲れています。

次の記事はもうちょっと明るくいってみましょう。

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2006年8月 9日 (水)

日本西遊記-宮島・厳島神社②

夜の9時ちょっと前。夫のあとについて旅館を出ました。

やって来たのは船着場。どうやら船に乗るようです。しばらく待っていると、屋形船が到着しました。参拝遊覧です。昔と同じように、船に乗って海から厳島神社に参拝することができるのです! 船で鳥居をくぐれるのだー、これはサプライズ!!

外国からの団体が同船しました。日本人のガイドさんに「みなさんお国はどちらなんですか?」と聞いてみたら、こんな返事が。「イタリアなんですよ。うるさいでしょ?」。苦笑。確かに賑やかです。でもみなさん、浴衣を羽織って楽しそう。
宮島は思った以上に外国人観光客が多いです。日本人より多いかも。日本文化に興味がある人って多いのですね。

コースはこんな感じです

Rimg0137 今宵は満月。水面に写る柱が美しい・・・。

 いよいよ参拝です。神社に向かって船上から手を合わせました。
 イタリアの方々もご一緒に、ハイ、パンパンっ!

Rimg0136_2
 ぶれてしまいましたが、神社と満月です。こんな構図を拝めるチャンスは滅多にありません、とは船上ガイドさんの談。

Rimg0138_1 鳥居をくぐりました。遠くで見るよりかなり太い柱。予想以上に大きいです。

 夜の鳥居はライトアップされて綺麗です。

神社近辺は平均的に水深が浅く、潮の満ち具合によっては出航できないときがあります。
なので大潮・満潮のときは水位がもっとも高くなり、船上参拝の絶好のチャンスなのです。

そう、ヒントの答えはこれだったのです。今日は大潮、時刻は満潮、しかも満月。
今日この日の最後の遊覧に合わせて宮島へ到着するためには(しかも18きっぷを使って!)、日程調整にかなり苦しんだと思います。こんなステキなサプライズをくれたダーリンに、ホント感謝、感謝です♪。

逆に大潮・干潮のときは水深がかなり低くなるので、歩いて参拝できるそうです。もしかして今日はそのチャンス? でも、午前3時なんて絶対に起きられません(笑)。昼の3時に宮島にいたら、可能だったかもしれないなあ。

宮島の夜は興奮のるつぼの中で更けていきました。

翌朝は早起きをして町を散策・参拝してきました。朝の厳島神社の風景をお楽しみください。

Shrinebuidling Rimg0143_1 Shrinemorning_1

Shrinebuiding2 昨夜より水位がかなり下がってます。干潮のときは、もっと水がなかったんだろうな~。

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日本西遊記-宮島・厳島神社①

青春18きっぷで広島県の宮島へ向かいます。宮島口駅で降りてそこから宮島行きのフェリーに乗るわけですが、その前にちょっと早い夕食。広島名物、あなごめしをいただきました。
夫の気持ちの中に、ぜひ行ってみたいあなごめしのお店があったようなのですが、運悪くお休み。落ち込んだ彼は、あなごめしの写真を撮る気力もなくなったようで・・・(^_^;)。

宮島まではJRフェリーで15分くらい。18きっぷが使えるんですよ~♪。途中で厳島神社が見えます。とうとうやって来ました。いつかはこの目で見たいと思っていた大鳥居。写真はあとでゆっくりと・・・。

Rimg0131 海の中にカキの養殖場がありました。
 夕陽がきれいです。 

 宮島駅で鹿の大歓迎を受けました。観光客がエサを与えるので人間の食べ物の味を覚えた鹿が、ゴミをあさったり人間を襲ったりするのです。山に食べ物が少なくなったのも原因のひとつ。鹿さんは私のシャツの裾に噛み付くと、ムシャムシャ食べ始めたのです。やめれーーっ!
シャツだけでなく、屋久杉キーホルダーやお茶入りペットボトルにまで興味を示します。
ニュースで噂には聞いていたけどこれほどまでとはっ! 

今日の宿泊場所は菊がわ。和洋折衷の雰囲気のある旅館です。

さて、旅館でひと休みしてから、夫曰く、今夜のお楽しみの時間です。これから何が起こるか、実は私はまったく知らせていません。ヒントは、

日の出5:26 日の入り19:06 大潮 
満潮9:19、22:53 干潮3:11、15:45

だそうですが・・・、一体何が起こるのでしょうか!?

続きます。

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日本西遊記-秋芳洞&秋吉台

うだるような暑さのなか博多を出発して、各駅停車で一路、山口県へ向かいます。電車の乗っている時間が長いときはできるだけ足のアイシング。電車の中で包帯をはずしてひたすら湿布で冷やします。

下関経由。関門海峡を越えます。ところが・・・。

関門海峡を見逃した(>_<)。

多分、二人してこれからの行程の確認に夢中なっていたのだと思います。ときすでに遅し。下関。関門海峡はどこ? いつ? ショック~~(T_T)!・・・まったく気がつきませんでした。

さて、次の目的地は、秋芳洞&秋吉台。特別天然記念物の鍾乳洞とカルスト台地です。

鍾乳洞の中はかなりひんやり、気温17℃。長袖がないと寒いです。でも一年つ通じでこの気温だそうで、冬は暖かいのですね。

Rimg0123 ←百枚皿と呼ばれる地形です。実際のお皿の数は100枚以上あるみたいですよ。

 石灰石が固まって色々な形の岩ができているのですが、昔の人は想像力をはたかせて、その形にさまざまな名前をつけました。百枚岩もそのひとつ。

Rimg0126 暗くてよく見えませんが、「マリア像」。他にも「岩窟王」とか「くらげの滝のぼり」とか、面白い命名がいっぱいありました。

 よい写真がなくてたくさん公表できないのが残念です。

 広い鍾乳洞のなかには「冒険コース」というちょっとスリリングなコースもあって(有料ですが)、子どもたちに人気のようです。

この地下水系はラムサール条約に登録されています。大きな洞窟です。大きな川が流れているのです。川の音が天井にこだまします。

洞窟からエレベータを使って地上に出ると、

Rimg0127 カルスト台地の秋吉台です。

 Rimg0128

石灰石でできた岩が草原にまばらに散らばっています。石灰石は水に溶けやすいので、こんな溶食地形ができるのですね。

ところで、秋芳洞は「あきよしどう」と読みますが、ここらの地名は「秋芳町(しゅうほうちょう)」と呼ばれています。これにはいわれがありました。

昭和天皇が皇太子だった頃、この洞窟を見学して「秋芳洞」と命名。しかし、名前は紙に書かれただけだったので、周りの人間はこれを「しゅうほうどう」と読み、地名も「しゅうほうちょう」としてしまったのです。

しかし後日、昭和天皇が「これは『あきよしどう』と書いたつもりだ」と発言、急遽洞窟の呼び名を変え、教科書やローマ字表記も変えるという大騒ぎになったのだそうです。

そんなエピソードを地元の人から聞きながら、秋芳町をあとにしました。でも、なんで秋吉台は「秋吉」と書くんだろう?? もともとの地名は「秋吉」なのかな。

次は広島に移動です。広島ではそれこそ世界遺産三昧です。

まだまだ続きます。

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2006年8月 8日 (火)

日本西遊記-博多の夜

外が暗くなった頃、博多に到着しました。今日の宿泊はホテルです。4日ぶりのお布団です。比較的安いホテルですが部屋は立派なものでした(あくまでも私たち夫婦の基準ですが(笑))。

博多駅から地下鉄で数分の天神地区。わざわざこの場所に宿を取ったのはわけがあります。なぜなら、この地区には、おいしいものが満載なのですっ!

チェックインを済ませ、夜の博多を散策する前に、まずホテルのコインランドリーで洗濯です。洗濯機を回している間に、ぎょうざのおいしいお店テムジンへ向かいました。九州出身の知り合いからのオススメのお店です。夫は出張で博多に来たときにすでに食べたことがあります。

Rimg0118 餃子とアルコールを注文しました。夫はビール、私は梅酒。
餃子はとてもジューシー。おいしい。あっという間に食べてしまいました。お代わりしたい。でも次のお店が待っています。泣く泣く断念しました。有名なお店らしくて、店の壁には芸能人のサインがいっぱい。

博多は初めてなのですが、天神の街はとてもおしゃれなブティックや雑貨店がいっぱいありました。まるで自由ヶ丘に並ぶお店を見ているようです。しかも街自体は自由ヶ丘より大きいのです。夜の到着で助かったとしみじみ。お昼にこの街を回ったら、旅の予算を全部使い果たしていたかもしれません。

さて、博多といえば↓でしょう。

Rimg0119 ラーメンです。この日のために、旅立ち前はラーメン禁を徹底しました。

写真は一蘭のラーメン。最近、横浜にも進出したみたいですね。

 システムがちょっと変わってると聞いていました。うん、確かに。まず入って戸惑って、注文に戸惑いました(詳しく知りたい方は実際に行ってみるか、ホームページを見てみてね)。

味は最高! そこそっこ好みのとんこつ味です。辛味たれを少し入れたのが好き。帰ったら東京のお店も行ってみよう♪。

さてさて、博多の夜も最後の仕上げに入ります。屋台です。博多の屋台といえば中洲。中洲の町を歩いてみました。でもお腹がすでにいっぱいで、これという屋台に出会えませんでした。

ずい分歩いてしまったのでタクシーでホテルに戻りました。ところが、タクシーの運転手さんが
「屋台なら中洲より天神のほうがいいよ。ホテルの近くにあるよ」。
・・・・やっぱり地元の情報って貴重です。

洗濯物を回収して、運転手さんの教えてくれた場所へ向かいました。歩いて5分くらい。中洲ほどではないですが、屋台が並んでいます。せっかく来たのだからやっぱり入ってみたい。夫がモツ煮を食べたがったので、メニューに煮込みのあるお店を選びました。

若い頃に東京に住んでいた屋台のご主人は、わたしたちが神奈川から来たと知ると、「懐かしいなあ」とつぶやきました。そしてこれから訪れる予定の山口や広島の名物料理などを伝授してくれました。同席した他のお客さんの中に広島出身の方がいて、オススメのお店の電話番号まで聞いてくれたり。

煮込みひとつとビールビン2本。これだけで2時間近く大騒ぎ。申し訳ないと思いながらも、大笑いしてよくしゃべって、博多の夜をおおいに謳歌したのです。

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日本西遊記-博多へ向かう

4日目です。屋久島に別れを告げる日です。ラッキーにさよならを言い、キャンプ場のおばんさんと広島の大学生が見送ってくれました。予想以上に屋久島を気に入ってしまったので、離れるのはかなり名残惜しく悲しくて、涙を必死でこらえました。

寂しさを抱えたまま、高速船トッピー号で鹿児島に向かいました。新たな出会いが待っているはずです。

Rimg0115

船の窓からなので、きれいに撮れませんでしたが、拡大してみてください。
遠くにぼやっと見えるのは、恐らく硫黄島。煙が上がっています。

船の内装は飛行機の中のよう。快適ですが、少々冷房がきつく、毛布を借りました。

Rimg0116 鹿児島に到着しました。はるかに見えるは桜島なり。

さて、鹿児島観光するまもなく博多へ向かいます。18きっぷを使った各駅&快速列車が今回の旅のテーマのひとつですが、なるべく早く博多の夜を楽しみたい。そこで、新八代駅まではちょっとズルをして、新幹線でワープすることにしました。

060808_13450001 新幹線つばめの中です。この豪華さに、ちょっと興奮。

060808_13470001 テーブルもオシャレです。

060808_13490001

←トンネルに入るとさらに豪華さが際立ちますネ。

鹿児島観光はしなくても、名物料理は堪能したい。駅弁を買って新幹線の中で食べました。Rimg0117

テーブルが美しいと、駅弁もおいしそうに見えます。いえ、実際おいしかったんですよ(笑)。

このままゆったり博多へ飛んでしまいたい・・・そんな衝動を必死に抑えて、新八代駅から各駅停車に乗り換えました。18きっぷの出番です。

ボックス席で向かいに座っていたおじさんに話しかけられました。私たちの大きな荷物を見て、興味をもったみたいです。

聞けばおじさんは埼玉の方だとか。育ちは九州で、休暇でこちらにやってきたそうです。九州の特産物である井草の話しや屋久島の水の話しに花が咲きました。都会の水を最初は飲めなかった、というおじさんと私の話しを聞いて、都会育ちの夫が驚いていました。

おじさんは途中の駅で、「楽しかったよ」と言って降りていきました。

長い列車の旅はときに退屈してしまいますが、こういう出会いこそが各駅停車の旅の醍醐味かもしれません。時間があるからこそ、のんびり語り合うことができるのですね。

今回の旅は、こんな出会いがいくつかありました。

続きもお楽しみください。

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2006年8月 7日 (月)

日本西遊記-屋久島⑤

午後から車で屋久島を1周しました。屋久島は海岸線沿いに県道(国道だっけ?)が走り、ノンストップなら3時間ほどで一周できます。

屋久島の中心部、つまり山の部分が世界遺産に指定された主な場所ですが、西側にある西部林道は世界遺産に登録されており、車でも走れるのです。

Rimg0102 ←サルが車道端でノミ取りをしています。車が通ってもまったく動じません。

 Rimg0100 鹿とサルが出会ったらケンカになるのかあ・・・と夫と話していたら、さっそく見つけました、鹿とサル。ケンカするどころか、仲良く(?)散策していました。

大川の滝です。名滝ですね。流れの力強さが圧巻。

Rimg0107 人間の大きさと比べると、滝の迫力が一目瞭然。
 夫の説得も聞かず、ゴツゴツした岩を歩いて近づいてみました。どうしても近くで見たかったのです。

Rimg0106 滝の入口で売っていたジュース。ラベルは紙に印刷されていて、あとではがせるようになっています。リサイクルに熱心な屋久島です。

ジュースを売っていたおじさん、屋久杉の木工細工も売っていました。私たちの屋久杉キーホルダーを見て、「それよりこっちの方がいいよ」と笑って言いました。「自分たちで作ったの」と答えると、おじさんは「どこで!?」と目を丸くしてビックリ。自分たちの商売、あがったりですものネ。

滞在中のキャンプ場のことを話すと納得していました。そして教えてくれました。屋久島の宿泊所はけっこう極端で、「ここが部屋だから」みたいなぶっきらぼうな場所がある一方で、とても面倒見のよい所もあるとか。つまり私たちはとてもよいキャンプ場を選んでいたのですね。こうやって赤裸々に語ってくれたおじさんも、車を止める場所や涼しい昼寝の場所を教えてくれたり、面倒見のよい方でした。

人のみならず、屋久島は気候も極端なようで、山をはさんだ上と下(地元の人はこういう表現をしていました)では、天気がまるで違うみたいです。一方が大雨のとき、一方はピーカン。こんなに小さな島なのに・・・不思議です。山と海が共存して、まるで日本の縮図のよう・・・。

さて、のんびりとドライブを楽しみ、再び宮之浦に帰り、町で見つけた総合病院へ。痛みや腫れは少ないものの、やはり気になりレントゲンを撮ってもらいました。

骨に異常なし。大きな腫れもなし。多分捻挫だろうということになりました。充分に休ませるのが一番です、とお医者さん。まだ旅が一週間残っているのですがと伝えると、お医者さんは呆れ顔(^_^;)。でもそれならばと、包帯による足の固定の仕方や、10日分の湿布と痛み止めを処方してくれました。

屋久島の病院でもらった診察券は、もう二度と使うことはないかもしれません。でも、しっかり旅の思い出の品になりました。

同じキャンプ場で、広島からバイクでやってきた大学生と出会いました。彼は屋久島がすっかり気にいって、もうしばらく滞在するそうです。山もすでに2回登っていました。

すっかり仲良くなり、夜はキャンプ場で簡単な料理を作って、3人でいただきました。おばさんが、たくさんはないから他の人にはナイショねと、自家製のラム酒をご馳走してくれました。

砂浜での食事は最高です。ウミガメのために、砂浜では照明の使用が禁止されています。でも、月明かりが私たちをくっきりと照らし、影さえも作ってくれました。

明日はとうとう屋久島とさよならです。でも、旅はまだまだ続きます。

Rimg0029_1

Sunsetwithshogo

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日本西遊記-屋久島④

屋久島3日目です。

計画では今日は熊本の阿蘇に向かう予定でしたが、屋久島とこのキャンプ場が気に入ったので、滞在をもう1日延ばすことにしました。そうです、今日は予定のない1日。

朝からのんびりとコーヒーを飲みながら木陰で涼みました。私は普段は滅多にコーヒーを飲まないのですが、自然のなかでのコーヒーは別格です。

管理人のおばさんが私の足と夫の虫刺されを心配して声をかけてくれました。そして、湿布があるから必要ならいつでもあげるわよ、と言ってくれました。旅先でのこういう優しさはとても心に沁みてきます。

Rimg0113 夫がラッキーと遊んでいます。ラッキーは彼好みのワンちゃんなのです。

テントの前でボーとしていると、作業服の見知らぬおじさん(多分地元の人)が私たちのところへやってきて声をかけてきました。

「今日は何するんだ?」

島を一周してみようかなと思います、と夫が答えたら、「ヒマだったらちょっと来い」と言って、夫を連れて行きました。

待てど亭主は帰ってきません。ゴミの分別でも間違えて怒られてるのかしらん。さすがに気になって探しに行ったら、管理室の近くに夫の姿がありました。彼は私に、こっちへ来いと手招きしています。

管理室の隣の部屋に入ると、なんとそこは木工室。おじさんはどうやら、キャンプ場のご主人らしいです(あくまでも推測)。

Rimg0090 おじさんは突然←なことをやり始めました。 Rimg0092_1

←「やってみろ」と夫に道具を渡してくれました。
さっそくトライしてみます。おじさんのようにスムーズな手つきはなかなか難しいです。そして数分後・・・。

Rimg0178 ←菓子皿ができ上がりました!! さらに磨いてニスを塗れば完璧。
後ろには「屋久杉」の焼印を押してくれました。

さらに・・・

Rimg0181 キーホルダーも作らせてくれました。左が夫、右が私の作品。夫の方がデキがカッコいいなあ。夫のキーホルダーを見たおじさんが、「仕事はなにしてるの?」と聞いてきたほど。これも屋久杉の焼印入りです。

おじさんは屋久杉の木片が入った袋を見せながら、ヒマだったらこれで好きなもの作っていいから、と言って出て行きました。

木工細工が好きな夫は大喜び。道具を使ったのも始めて。しかもタダで体験させてもらって、作ったものもタダでいただいちゃったのです。よいのでしょうか、本当によいのでしょうか・・・!?

キャンプ場に滞在中の全員がやらせてもらえたわけじゃないんです。私が足を痛めて、夫が虫に刺されて、不憫に思って声をかけてくれたのだと思います。

滞在を1日延ばしてよかったと、二人でしみじみ。作ったキーホルダーをお互いのバッグにつけました。これからの旅へのお守りです。

午後は屋久島を回ります。続く。

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2006年8月 6日 (日)

日本西遊記-屋久島③

足に腫れはさほどなく、とりあえず持参した湿布とサポーターで様子を見ることにしました。

温泉で汗を流し、夕食はどうしようか、ということになりました。計画では屋久島ラーメンを食べにいくつもりだったのですが、下山が予定より遅くなってしまったため、ラーメン屋さんが閉まってしまいました。

車を走らせていると、道行く地元の人たちが浴衣を着て歩く姿がちらほら見られました。どうやら宮之浦港でお祭りをやっているらしいのです。

Rimg0085 浴衣姿を追いかけて港へ。夜店がいっぱい出ていました。

 屋久島のちまきを食べました。私たちが観光客だと知ると、よもぎ餅をおまけにくれました。

今回は記念すべき25回目のお祭りだそうで、水上花火、スターマイン、しかけ花火をやるそうです。地元の人に混じって場所取りをして、タイ焼きそばとタイカレー、鳥の皮のぎょうざなどを食べながら夜を待ちました。

Rimg0086_1 水上花火は初めて。迫力満点。でも、魚たちはびっくりだろうなあ。

 花火を撮るのは難しいです。けっきょく撮るより見るのに夢中。

 スターマインではみんなが拍手。子どもたちは「タマや~!!」と叫んでいます。

思いがけない花火大会に私たちも大喜び。地元の方たちともちょっぴり触れ合うことができました。屋久島は若い人たちが元気です。テキヤさんの屋台も懐かしい。

お祭りで驚いたのはゴミの収集。ゴミ箱の前に係りの人が何人か座っていて、ゴミを受け取ってくれるのです。ペットボトルのラベルをちゃんとはがして、分別をしていました。

夜も更けてテントへ戻り、湿布を変えたりしていると、外にいた夫が突然「痛いっ!」と叫びました。足を虫に刺されたようです。腫れています。痛がり方も尋常ではありません。田舎育ちの私は、虫の怖さを多少なりとも知っています。私はすぐさま管理人室へ向かいました。夫もついてきました。

「おばさん、彼が何かに刺されて痛がってるの」。
管理人室は暗くなっていましたが、玄関が開いてました。声をかけるとおばさんがすぐに出てきてくれました。

おばさんの話しによると、キャンプ場にはムカデがたくさんいるとか。おばさんも何回か刺されたようです。噛み跡をチェックしてくれましたが、はっきりした噛み跡はありません。アブかもしれないと言って、薬とガーゼで傷口をふさいでくれました。痛みはすぐ去ってくれたようです。

波乱万丈の二日目が過ぎてゆきました。

続く。

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日本西遊記-屋久島②

今日は登山の日です。屋久島の自然遺産を堪能する日です。

大きな荷物はテントに残し、身軽で出発。靱帯を痛めている左足が心配。ということで、私は登山用ストックを2本持参。

Tozan_2 こんなかっこうです(恥ずかし~(^_^;)。
 ストックを2本も使っている人はさすがにいませんでしたが、持っていって正解。けっこう道が険しいの。

Tozanmap 今回は有名な縄文杉コースは取らず、地元の人オススメのコースを歩きました。もののけ姫のモデルになった白谷雲水峡を巡るコースです。

Rimg0038 Rimg0039_1 当たり前のように出てくる鹿さんたち。

Rimg0043 二本足杉。

Rimg0049 こけにかかった露が
キラキラ光ってとっても綺麗。

トイレは途中の避難小屋のみ。ペーパーは便器に捨ててはいけません。
トイレの中にあるゴミ袋に中に捨てます。

Rimg0080_1 水の透明度は素晴らしい。沢の水をたくさん飲みました。
 でもさすが南国。山の中の水もなんとなく温かい。

 造り酒屋の間では、屋久島の水が日本で一番キレイだといわれています。

太鼓岩から眺める風景は素晴らしい。そんな噂を聞いて、太鼓岩を目指しました。到着までの10分は本格的な登山道です。

あとは岩に登るだけ・・・そんな瞬間、突然雨が降り出しました。
急いでレインコートを羽織りましたが、雨はかなりの勢い。急な岩に登るのは危険です。
雨はやみそうにありません。しばらくその場で雨に打たれていました。

雨がやみはじめ、ガスが晴れるまでお昼を取ることにしました。木陰に腰を下ろし、シングルバーナーでお湯を沸かして、コーヒーとレトルトのおかゆをいただきました。体が冷えている今、あたたかいお昼がありがたい。雨が完全にやんでから岩に登ってみました。

Rimg0069 ←ガスがかかってまったく景色が見えません。それでも粘ります。

Rimg0070 ←強風が吹き、ガスが飛ばされ始めました。

Rimg0071 ←・・・・見えたっ!!
思わず拍手喝さい!

中央に川が流れています。素晴らしい景色です。写真では伝えきれません。森の深さ、広大さ。これこそ屋久島、まさに「神」が住んでいる森です。感動で涙が出そうでした。

Rimg0075 1時間待った甲斐がありました。

Rimg0078

屋久島の山ではガイドさんが大活躍。多くの登山者がガイドさんをお願いしていました。
さすが世界自然遺産ですね。

さて下山です。登りとは違うルートを選んでみましたが、それでもやはり道はキツイ。

あともう少しで登山口へ到着です。あとちょっとなのに、とうとうやってしまいました。階段を降りていたときです。

パキッ、という音とともに左足に違和感が走りました。その音は、前を歩いていた夫の耳にも聞えたようです。
「どうしたっ!!」と、夫が青い顔して振り返りました。近くのベンチで休みました。音の割には痛みはありません。何とか歩けそうだし、あと少しで駐車場。頑張って歩きました。

まだ旅は始まったばかりなのに。
再来週からは新しい仕事も待っているのに。
こうならないように、ストックを使って慎重に歩いてきたのに。

自分の不甲斐なさに、車に乗った途端、涙がこぼれました。

続く。

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2006年8月 5日 (土)

日本西遊記-屋久島①

昨日、無事に帰ってきました。
今回の旅はいつもより出会いが多くてちょっとエキサイティング。じっくり旅行記をしたためてみたいと思います。
結果的に台風や雨の進路を先取りするようなルートになり、お天気に恵まれました。その代わり西日本の暑さはただごとではなかった(・。・;。

1日目は屋久島に向けて出発です。
数日前から荷造りでバタバタしていたせいか、ソーキチがなんとなく落ちつかない様子。出発のとき「行って来るね。お留守番よろしくね」と声をかけても、私たちに背を向けたままこちらを見ようとしませんでした(>_<)。完全にスネキチです。

まずは飛行機で鹿児島へ飛びました。鹿児島空港で屋久島の接続便を待っていると、さっそくちょっとドキッとすることが。屋久島の天候がくもり気味なので、もしかしたら奄美大島に着陸するかも、という案内放送がかかったのです。

奄美大島!?
悪天候で飛行機が飛ばない、引き返すかもしれない、という心配はありましたが、奄美大島は予定外。「知識がないっ!」と夫が少々オロオロ気味。

とりあえず屋久島への接続を待つ間、空港内のレストンランで黒豚トンカツカレーを堪能。飛行機が飛ぶのなら乗ってみようと話していました。奄美大島も楽しいかもよ♪。

とうとう飛行機の乗り込みました。昔懐かしいプロペラ機。

060805_12270002 すごい音です。

 天気は大丈夫でした(^o^)。

 機内でもらったキャンディを食べ終わらないうちに屋久島空港へ着陸。はやっ。20分くらいでの到着です。

空港の降り立った途端、ムッとした暑さが襲います。けっこう蒸し暑い。

レンタカーを借りて島を走ります。今日はシュノーケルと海水浴を楽しむ予定。そのためには、シュノーケルの道具を買わなければ。屋久島の大きな町のひとつ、宮之浦にあるヤクデンというスーパー&ホームセンターで、シュノーケルの道具を一色そろえました。

この日のために水着を買いました。でも当然、水着姿は非公開(^_^;)。
水中カメラで何枚か写真を撮ったのですが、まだプリントしてないので写真もアップできましぇん(>_<)。

一湊(いっそう)海水浴場の海の家で浮き輪を借りました。屋久島の海はけっこう怖いです。風も強いし、深くてすぐ足がつかなくなります。そしてウミガメが産卵する貴重な浜辺でもあります。ところが・・・。

夫が浮き輪を沖に流した!

なんとか捕まえようとしたのですが、波の流れがあっという間で捉えられませんでした。「諦めて。あまり沖に出ると危ないよっ!」私が叫びました。

浮き輪を捕まえようと必死になったとき、シュノーケルも海のなかに落としてしまいました。深くて潜れません。夫はしばらく落ち込んでいました。道具をなくしたことよりも、海にゴミを流してしまったことを責めていたようです。

Rimg0033

今日の宿泊先のキャンプ場。静かなところです。

すぐ近くに鹿が遊びに来ました(写真中央奥)。

 Rimg0030

キャンプ場裏の浜辺から見た夕陽です。
浜辺にはイスが置いてあって、
ここで夕飯を食べるキャンパーも。

Rimg0088 ウミガメの産卵あと。拡大すると、くぼみの周りに孵化した子ガメの足跡を見ることができます。こんなくぼみがたくさんありました。

Rimg0098 キャンプ場の番犬、ラッキー。
 場内の畑を鹿が襲うので、見張り番です。
 でも最近、ラッキーは鹿さんと結託したらしく、
 あまり吠えてくれないと、キャンプ場のおばさんが嘆いていました。

夕食は宮之浦の町にある潮騒で。鹿肉、地鶏の刺身、トビウオの焼き魚などに舌鼓。特筆すべきは首折れサバの刺身。鮮度を保つために、猟師たちが釣ったばかりのサバの首を折っておくのです。

今日の屋久島は蒸し暑く、テントの中で窒息しそうになり、夜中に目がさめました。夜空を見あげると、星、星、星!
メガスターで見た星はこれだったのね・・・☆彡。

続く。

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2006年8月 4日 (金)

明日から旅行です♪

本当に細々日記になってしまってますね(笑)。

明日から旅行です!

日本西遊記 西日本世界遺産巡り&名物料理食い倒れ の旅ですっ。

昨年の夏は旅行がなかったので、久しぶりにドキドキしていて寝不足。まるで小学生だわ。

準備もほとんど終わりました。今日は早く寝なくちゃ。
でも「タイヨウのうた」と「英語でしゃべらないと」は観なくちゃ(笑)。

ソーキチのシッターさんとの打ち合わせも終わりました。
今夜は思いっきり甘えて、明日からお留守番お願いね。こんな長い留守番は久しぶりなので、ちょっと心配ではありますが。

モブログしてみようかと思ったのですが、掲載画面が確認できないのはやっぱり不安なので、帰ってからゆっくり記事を書きたいと思います。買ったばかりのデジカメが大活躍してくれそうですね。

では行ってまいりま~す♪。

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