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2007年3月

2007年3月31日 (土)

ソーキチがんばって・・・

ソーキチにガンが見つかりました。

ここ2ヶ月、急に体重が落ちてきました。食事の内容が少し変わったせいかと思い、量を増やして少し様子をみたのですが、やはり減っていきます。おかしいと思って、今日病院に連れて行きました。

検査の結果、片方の腎臓に腫瘍があって、すでにそちらの腎臓は機能してないとのことでした。

でもソーキチの見た目はいつもと変わらず元気で食欲もあり、体重の減り以外はまったく変化がありませんでした。血液検査等の数値も、健康な状態を示していて、体重の減りとドクターの触診で異常がわかったのです。

というのも、もう片方の腎臓が、ダメになった方の分もしっかり働いてくれているから、ソーキチは元気なのです。ただ、ガン細胞が食事の栄養を吸い取ってしまって、十分な栄養がソーキチの身体に行き渡っていなかったため、痩せていったのです。

これ以上ガンが広がらないよう、ダメになったほうの腎臓の摘出手術をすすめられました。

片方の腎臓を取ってしまっても、この調子でもう片方がしっかり働いてくれれば、これまでと変わらない生活を送れる。今が最大のチャンスだそうです。この時期を逃したら、あとは広がるを待つしかないそうです。2ヶ月ほどで、残りの腎臓にも広がるとのことです。

そのようなドクターの説明を聞いて、夫と私は、迷わず手術をしてもらうことに決めました。

あとは開腹次第です。

もし万が一、血液中にがん細胞が広がっていたらアウトです。
(これは開腹してみないとわからないそうです)。

手術中に何が起こるかもわかりません。

ソーキチは今、私の隣でいつも通り身体を舐めたり、ご飯を欲しがってないたりしています。でも今日はご飯もお水もあげられないの。だって手術は明日なんだもの・・・。一日でも早いほうがいいし、明日なら夫も仕事が休みなので、一緒についてあげられます。

今日はソーキチをたくさん抱っこして、たくさんなでてあげたいと思います。でも、本当にソーキチの様子はいつもと変わらないので、私には今ひとつ実感が湧きません・・・。

どうか手術が成功しますように!!

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2007年3月26日 (月)

お墓参り

今月は夫の父の命日でもあります。先日の春彼岸、お墓参りに行って来ました。

墓地は春になると桜が一面に咲き誇る場所で有名です。当初、彼岸には桜が開花するとの予想を聞いていましたから、お彼岸にお花見ができるねと、義姉と喜んでいました。

しかし当然ながら自然は人間の思い通りになってくれません。開花予想はずれこみ、当日の桜はまだ小さなつぼみ。それでも外は快晴。梅の木の下、やわらなかな春の日差しの下で、義母の手作りのおいなりさんと手巻き寿司のお弁当をいただきました。

彼岸が訪れるたびに義父のことを思い出します。そういえば、Mental Circus時代にも同じタイトルの記事を書いたことがありました。あのころのことを思い出しつつ、今日はその記事を再掲したいと思います。

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2005年9月24日 掲載

お彼岸の昨日は、みんなで義父のお墓参り。

墓地にはたくさんの人が来ていた。久しぶりに日差しの強い午後だったので、汗をかきながらお墓をきれいにした(といっても、ほとんど義母と義姉が頑張っていたのだが)。

義父の病が発覚したのは私たちの結婚前。私の実家へ、遠路はるばる婚約のあいさつに来てくれたすぐあとだった。検査入院に引き続きすぐ闘病生活に入った。結婚式を延ばすことも検討したが、式への参列が闘病の励みになると考え、予定通りに執り行った。義父は病院から外泊許可をもらっての参列だった。

余命は病気の発見とともに本人へ告知されていた。義父は、少なくとも私の目から見る限り気丈に振舞っていた。葬式はこうしろ、親戚への連絡先はこれと、家族のなかでは自分のほかに唯一の男である息子へ細かく指示していた。さらに、自らの意志で尊厳死協会に入会し、辛い延命措置をきっぱりと拒否した。

その義父の姿は、息子である私の夫のこころに深い思いを残したようだった。葬儀の挨拶で夫は言った。「男はこうであるべきだという姿を、最後に父が見せてくれたような気がしています」と。

闘病中、一度だけ私の両親が田舎から見舞いに来た。それまで私は両親の見舞いをずっと拒んでいた。遠いところからわざわざ訪ねに来るなんて、いよいよ自分はダメなのではないか――という気持ちを義父に持たせたくなかったからだ。

しかしある日、母から「昨夜、夢にお義父さんが出てきた。白い顔をして、何かを訴えていたみたい」という電話があった。母のカンはいつも鋭い。私はとうとう答えた。「わかった。お互い、後悔がないようにしたほうがいいよね」。

義父本人にはもちろん、義母にも余計な気を使わせたくなかったので、お忍びでの訪問となった。だから私の両親が病室に現れたとき、義父はとても驚いた顔をして、けれども私の両親と固く握手を交わし、こう言った。「こんなことになってしまって・・・息子を、家族を、よろしくお願いします」。最後の声は聞き取れないほど小さくなっていた。義父は泣いていたのだ。

夫を義父の元に残し、私と両親は病室を出た。エレベータに乗った途端、我慢していた涙が私の目からこぼれ落ちた。父がつぶやいた。「お義父さん、自分でわかっているだけに辛いよな」。私は言った。「お義父さんが泣いたの、初めて見た」。母の目からも涙があふれていた。

病気を告知された一年後の同じ日、義父はこの世を去った。

競馬が好きな人だった。歩けなくなったあとも、競馬新聞を自分の足で買いに行くと言い張り妻や息子を困らせていた。私は少しでも義父の慰めになればと、競走馬のぬいぐるみのキーホルダーを買って届けた。キーホルダーは亡くなるその瞬間まで、病室の棚の取っ手にぶら下げられていた。

当時はお墓の用意がなかったので、市営墓地への当選が決まったときは家族みんなで喜んだ。義父が生前、「俺、ここに入りたいなあ」と言っていた場所でもあった。緑が多く、春には桜並木が見事な花を咲かせる。良心的な石屋さんにも巡り会えた。墓地を見学に行ったとき、夫がたまたま声をかけた石屋さんだった。すべては義父が導いてくれたのかもしれない。

お墓の前で手を合わせ、私はこころの中でお願いした。「お義父さん、夫を、あなたの息子を守ってください」。

義父の強さは、夫のなかに確実に宿っている。少なくとも私はそう信じている。

※この記事へのコメントは受け付けいたしません。

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2007年3月19日 (月)

洋楽カラオケバー・デビュー♪

お友達と二人で、洋楽カラオケバーにデビューを果たしてきました!

オールディーズ好きの友人が見つけてきたそのバーでは、週末になると「テーマ」が決められます。その日のテーマは「Jazz」。ジャズ路線の歌を歌いましょうということですね(「ジャズしばり」とみなさん呼んでました)。

う~ん。そこそっこ、ジャズはまったく歌えません(実は曲もよくわからない)。困りました。

しかしマスターが、ミュージカルナンバーでもOKと快く言ってくださいましたので、さっそくリストをめくると・・・。

ミュージカルいっぱい!(◎o◎)!

最近は通信カラオケでもミュージカルがかなり増えましたが、英語版にはなかなかお目にかかれません。しかも昔のも今のも、メジャーなのもマイナーなのも揃ってます。

ボイストレーニングでも歌わないような曲をたくさん歌ってきちゃいました。

そこそっこ、歌うのは好きですが、うまいとは思わない。昨年の発表会のときはダンナに批判されたし。 (←ちょっとトラウマになってるかも・・・)

だから知らない人の前で歌うのは恥ずかしかったのですが、 他のお客さんたちが盛り上げてくださったので、気持ちよく歌えました♪。

カラオケボックスに行ったときは、たいていポップスを歌います。ミュージカルを歌うとどうしても浮いてしまうのです。

でも今日は全然平気。きっとお店とお客さんの雰囲気のせいですね。何を歌っても受け入れてくれる安心感がありました。

盛り上がること5時間。
あっという間の5時間でした。

常連さんが集まるお店らしくて、初来店の私たちは歌の合間に自己紹介をしました。その日のお客さんは15人くらいで、全員が一緒になって盛り上がっていました。本当に純粋に歌うことを楽しみたい人が集まっている感じ。こんなバーは初めてです。

新しいお友達もできました。また行きたい~~♪♪

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2007年3月14日 (水)

胴体着陸!

テレビにかじりついて見てしまいました、今日の胴体着陸。見事な操縦に、こちらも思わず拍手していました。

そして今日の夕刊に載っていた乗客のコメントの数々。

「機長が、『訓練してますから大丈夫です』と言ってくれたので冷静になれた」
「機長が着陸5分前、2分前、1分前とアナウンスしてくれて安心できた」

あの操縦に加えこのような話しを聞くと、プロの磨きぬかれた技を見たときのように目頭が熱くなります。

今日の飛行機がプロペラ機だったのを見て、ふと鹿児島空港から屋久島へ飛んだときのことを思い出しました。

もしかして、屋久島行きのプロペラ機もボンバルディア・・・??

私たちの乗ったプロペラ機はDASH8-400(くりにゃーさんが写真から機種を割り出してくださってました)。で、さっそくこの機種をネットで調べると・・・。

やっぱりボンバルディア(*_*;

・・・・・・・神さま、ありがとうございました。

大事故にならず、みなさん無事でよかったです。
こういう危険がないように、事前の点検はちゃんとしてください!(-"-)

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2007年3月12日 (月)

川崎大師へお参り

雨上がりの川崎大師です。

070311_16250001 川崎市民なのに、実は初めて訪れました。

 けっこう大きなお寺なのですね。駅を降りてすぐに長い表参道があって、さらに仲見世通りを抜けてやっと境内です。

070311_16330001  五重の塔。立派です。

 070311_16360002

雨あがりの夕暮れだったせいか、出店はほとんど閉まっていました。もつ煮込み食べたかったなあ・・・。

クロネコちゃんがたそがれてます。

070311_16350001

人懐っこいネコちゃんで、呼んだら足元にやってきました。でもカメラ目線は苦手みたい。

表参道や仲見世にはお店がたくさん並んでいました。のどあめ、おせんべいなんかが有名なんですね。おせんべいや飴の実演もやってました。

実家の母の誕生日なので、お守り、飴、おまんじゅうなどを買って、表参道にあった宅配便営業店から発送しました。

雨上がりの清々しい夕暮れでした。

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2007年3月 9日 (金)

知らぬ間に1周年

このブログが3月7日で1周年を迎えてました(^o^)。

(マリー・アントワネットを見に行った日だったのね。気がつかなかった。つくづく記念日にはうといそこそっこです)。

このブログは以前、「Mentral Circus」というタイトル書いてましたが、粗忽そこそっこがついうっかり削除しちゃったのよね~。でもその時期から計算すると、1年半は書いてるのかな。

よく続いたもんだ・・・・。。。。もっとも、最近は週に1回くらいしか更新してないけど。

それでもブログは備忘録として最高です。遠く離れた友人への近況報告になるし、旅行記などはたまに読み返して思い出に浸ることもあります。

いつも読んでくださっている皆さん、今後もよろしくお願いします!

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2007年3月 7日 (水)

映画「マリー・アントワネット」

マリー・アントワネットといえばフランス革命。フランス革命といえばオスカル。オスカルといえば「ベルサイユのばら」。この漫画のおかげで、日本人は他国の方々よりこの映画に興味があるはず・・・。そしてテレビのCMを見た瞬間、これは女友達と見に行くべきだと直感しました。

ということで、シュガコさんを誘って行きました。

オープニング曲がなぜかロック。お風呂に入っているアントワネットの姿が映り、一瞬、これは別の映画のCMかと思ってしまった。

その後も音楽はポップスやロックが随所に。ロココ調の宮廷とは本来はミスマッチなはずなのに、なぜかとってもしっくりくる・・・。

なぜか。それはアントワネットを、「王妃」としてより、「どこにでもいる普通の女の子」として描いているからかもしれません。

世継ぎを産むことだけを強いられた平凡な少女が、その重圧から逃れるためにひたすらお金を費やして孤独の埋め合わせをしている様子が淡々と流れていきます。難しい政治の話しは一切なし、背景の説明もほとんどなし。だけど妙にリアル。まるでナレーションのないドキュメンタリーを見ているようでした。
(だから、フランス革命についての知識を前もって仕入れておかないと、とてつもなく退屈な映画になってしまうかもしれません)。

アントワネットはついに、死さえも淡々と受け入れてしまったのでしょうか・・・。

終わったあと、シュガコさんと私は声をそろえて「面白かった!」。2時間はあっという間でした。
女友達と見に行くべきという私の直感は当たりました。私たちの席の後ろから、男性観客者の大きなあくびが何度も聞こえましたから^^;。綺麗なドレスや豪華なお菓子が準主役の映画なので、やはり男性には退屈かもしれません。

もっとも、アントワネットのあの生活を自分もしろといわれたら断固拒否したい。ひがな飲んで騒いで浪費だけする生活なんて、つまんないと思うんだけどなあ。

楽しみにしていたフェルゼンは今ひとつ(T_T)。まあ確かにカッコイイ男ではあったけど(私の好みではなかったが)、私たちの中のフェルゼンのイメージは、男らしくて誠実で、アントワネットを影ながら支え続ける人。でも映画の中のフェルゼンはただのプレイボーイで、途中から消えていなくなってたし。

特にドラマチックなシーンがあったわけではないのに、なぜかあとを引きます。不思議な映画です。ソフィア・コッポラ、父上とはまた別の意味で奇才かもしれない。

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2007年3月 5日 (月)

初春の鎌倉-その2

さて、周知のとおり、我が家の旅の計画担当者は夫であり、私はどこへ行くかほとんど知らされぬままに彼のあとについていきます。

こんなことを体験しました。

Rimg0277 浄明寺で枯山水を眺めながらお抹茶をいただきました。

そういえば、夫は昔から、「京都へ行って枯山水の庭を眺めながら縁側でのんびり読書でもしたい」と言っていました。

自宅から鎌倉まで約1時間半。京都みたいに大きな枯山水とまではいきませんが、十分趣がありました。こんな近くで叶うなんて、さすが小京都鎌倉です。

抹茶も久しぶり。祖母が表千家のお免状を持っていたので、そこそっこも小さい頃に少しだけ習いました。細かい作法はほとんど忘れていますが、思わず湯飲みを回したくなりました。少しは体が覚えているのですね。

次の報国寺の見所は、なんと言ってもこの竹林!

Rimg0280 かぐや姫を探したくなります。

 この季節だと寒いくらいの竹林の中。

 竹林のはずれに休憩所があり、ここでも抹茶をいただけます。夏はこちらでお抹茶を頂くほうが涼しいかも。

さて、旅も終わりに近づきました。鎌倉といえばやはりここへ行かなきゃ。

鶴岡八幡宮です。

そして出会いました、ホヤホヤのご夫妻で~す!!

まったくの他人が、親族のみなさまと混じって夢中でシャッターを切りました。Rimg0281

いいなあ、素敵だなあ。。。。

実はここ、私たちの結婚式候補の場所でもありました。諸々の理由で都内の式場になってしまいましたが、うーん、やっぱりここにしとけば良かったかなあ・・・。

でも私たち夫婦も、アツアツ度はこの新婚さんに負けてません!(←と願います)。

鎌倉にはこれまでも何度か来たことがありますが、お寺を巡るのは初めてで、とてもいいなあと思いました。まさに古都を巡る旅。日常を離れてゆったりした気分になれます。

日帰りでもたっぷり楽しめるので、これからも頻繁に訪れたいと思いました。

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初春の鎌倉-その1

鎌倉へ日帰り旅行に行って来ました。

さっそくまずはこちらから。

Rimg0257_1 あまりにも有名すぎる、鎌倉の大仏さま。

最初は木造だったのですが、わずか10年後に青銅で建て直されました。昔は大仏殿の中に納められていたそうですが、台風大仏殿が倒壊、最後は津波で押し流されてしまったそうです。

それでも大仏様は生き残りました。御年700歳以上。サバイバーですね。

Rimg0256_2 手乗り大仏にしたかったのですが、手の位置ちょっとずれちゃいましたね~。

中ものぞいてきました。今では地震が来ると大仏様も一緒に揺れる耐震構造になっているそうです。

大仏様を拝んだあとは、近所の長谷寺へ。歩いていけます。ここには大観音様がいらっしゃいます。

大観音様も素晴らしかったですが、それ以上に美しいのがこの庭です。

Rimg0260 こういう庭を見ると、日本人に生まれてよかったなあと(笑)。

 ここのお庭は四季折々の花が楽しめるそうです。そして本日満開だったのがこれ。

Rimg0263 「ボケ」と名札がついていました。ちょっと調べましたら、漢字で「木瓜」と書くバラ科の植物だそうです。梅とか桜っぽいけど。

Rimg0265 長谷寺にはお地蔵様もたくさんいらっしゃいました。ここだけじゃなくて、この後ろ側にもいっぱいいっぱい。数に圧倒されて思わずシャッターを切ってしまいました。

さて、長谷寺をあとにし、江ノ電に乗りました。てっきり鎌倉駅まで行くものと思っていたのですが、夫に促され、鎌倉駅のひとつ手前の和田塚駅で降りることになりました。

駅を降りて私たちを待っていたものは・・・

Rimg0272 甘味処「無心庵」。

写真、拡大してみてください。普通の民家です。さらにここのお店、思いっきり線路沿いにあるんです。線路を横切ってお店に入るんですよ~。

お汁粉をいただいている間も、江ノ電が脇を走ります。単線なので上り下りが交互に走ります。和と電車が融合された不思議なひととき・・・。

続きます。

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