« 2011年12月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

2012年3月12日 (月)

あの日を思う

昨日は日生劇場へ「ジキルとハイド」を見に行った。

東日本大震災から昨日でちょうど1年。ソワレ公演だったので、出発前に自宅のテレビで追悼式典を見ながら、地震の発生した時間に黙とうした。


劇場のロビーには花がなく、カーテンコールではキャストの音頭で、追悼の鐘とともに全員で黙とう捧げた。

黙とうをささげるたびに、去年の3月11日を思い出して涙がこぼれそうになった。

我が家はお皿とCDが数枚割れた程度でたいした被害はなかったけれど、9時間以上にわたる停電中は不安でたまらなかった。

闇のなか、小さな懐中電灯の明かりと、ウォークマンのテレビ音声だけが頼りだった。余震のたびに猫を抱きあげて身構えていたので、私の不安が伝わったのか、片腎の猫がトイレをしなくなった。さすがにそのときは「しっかりしなくちゃ!」と自分を叱った。

でも、それ以上に不安だったのが原発事故だった。

映像には、次々と避難を始める人たちの姿が映った。新聞には、残さざるをえなかった動物たちのことを心配する飼い主の記事が載った。

首都圏にも放射能は飛んでくるのだろうか。

同じように避難しなくてはならないとしたら?

車もない我が家は、一日2回のインスリン治療が必要な愛猫を連れて、どこへどうやって避難したらいいのだろうか。

そもそも、猫を連れていけるのだろうか。

もしかしたら、万が一の方法をとることも覚悟しなくてはいけないのか?

そんなことを、本気で考えていた。

わからないということが、こんなにも不安なものだとは思わなかった。


昨日、劇場前では、原発反対・脱原発のデモをやっていた。

原発を取り巻く複雑な経済的・政治的状況を考えると、安易に反対を唱えたくない反面、あの不安だった日々を思い起こすと、デモに混じって、「原発はいや!」と叫びたくなる自分がいた。

そもそも、地震や津波が多く、国土の狭い日本は原発設置に向いていない。

「先生」と呼ばれる人たちのなかで、本質をしっかりとらえ、目先だけでなく遠くも見据え、「国民」のために働いてくれる人はいないのだろうか。


そんなことを考えながらの観劇だったけど、舞台はすばらしかった。久しぶりの「大人のミュージカル」を堪能したという感じ。
知り合いが出演していたので、終演後は差し入れをもって楽屋にお邪魔した。
こういう舞台はいくらでも見たいものです♪(お金の続く限りだけど・笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年4月 »